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business

2015年12月 4日 (金)

富士通を辞めたわけ

実際に辞めようと決意したのは、2012年でした。

できるだけ前向きな動機で辞めようと思うようにしても、

自分が属する集団から出るという行為に、ネガティブな感情を排斥しようとしても、

それを拭い去ることはできなかったかな。

組織管理の考え方、社員の使い方、

多少の傾向の差があるにせよ、日本の会社はどこも同じかもしれないけど、

私は残念ながら最後まで組織に迎合する気になれなかった。

ここで仕事を続けるためのいろいろな動機を模索してはみたものの、

結局答えは「ここから出る」しか思い浮かばなかった。

過去、良い仕事に出会えた。

お客さんやエンジニアと意気投合して、ゴールを目指して精進した日々は本当に充実していた。

しかし、キャリアの話になるとてつもなくエゴイスティックな空気が充満していた。

従わないと同志として認めないという私には幼稚としか感じない不文律があった。

成果評価の数値達成も表向きだけ、どんなに数値をあげていても評価管理者の恣意的意図でなんとでも評価された。

あっち側の人間は自分の立場を守るのに必死なんだということは、接待費で自分の取り巻きと毎日飲み歩いているところをみればすぐに分かった。

この人達は仕事がしたくてここにいるわけじゃないんだ、ということは気がついてはいても、

自分がこの土俵から降りる勇気をもつには時間が必要だった。

そんな折、

このまま自分がここで60歳になった時、一体どんな顔をしているんだろう?

そんなことを考えたら、

この会社に居続けることが、

とてつもなく怖くなった。

たぶん、順応できずただ会社に雇用されているだけで、

生活水準維持や妙なプライドのために何か大切なものを犠牲にしている自分に気がついたのかもしれない。

会社に退職の理由は適当に言っておきました。

表向きに前向きな、まさに建前といっていい言い訳。

以前から目指していた新しいことにチャレンジする気持ち、純粋に所属する組織に貢献したい動機があることは間違いありません。

ここで書くと、小学生の作文みたいになってしまうような動機。

それは絶対にウソではないけど、すべてではない。

妥協して安全な場所に居続けることは、成熟するという過程においてとても危険なことなんだと、今はなんとなく分かる。

一方で、あの会社組織の文化で迎合できたらどんな人間になってるんだろうと思うことがたまにあります。

考えると、ちょっと怖いけど。

そう、私はやっぱり自分のアイデンティティを会社に依存してたのではないかと。

これから意識を切り離さなければ、きっと満足する自分に出会えない。

退職願は、あっさりを出すことができました。

これからは組織にDEPENDできない日々がはじまります。

どうなることやら。。。

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